ワキガで対人恐怖症になった体験談

自分がワキガだと知ったのは中2の夏でした

ワキガは思春期の頃から、わかり始めるとよく耳にしますが、私もそうでした。

 

自分がワキガだ。と気づいたのはカッターシャツが黄ばんで、カッターシャツを匂うとすごく臭かったからです。

 

この頃から、私の身体はワキガかもしれない・・と悩み始めたのを憶えています。

 

でも、ワキガの匂いってどんな匂い?

自分の身体が臭いと感じ始めてから、人の体臭も気になり始めて、私は部活で野球をしていたので、
人の体臭をなんとなく嗅ぐ事は簡単にできました。

 

そうやって、人の体臭と比較する事で、
と気づいたのですが、
それと同時に、これからの未来に絶望感を感じたのもその瞬間でした。

 

 

ワキガの洗礼を受ける

ワキガであることを必死に隠そうと毎日、汗をかかないように過ごすためにはどうしたらいいか?
人の密集している場所に極力、身を置かないように意識しながら生活していましたが、当時はまだ学生だったので集団行動が基本となる学校では、
人と関わらない生活の方が稀で、常にそばには人がいる状況でした。

 

そういった自分がしたい事、望んでいる事(人と接したくない、ワキガがバレたくない)と矛盾している生活を送っていると頭がおかしくなってきたのを覚えています。

 

そんな時、高校生活では電車通学だった私は、学校の部活帰りに電車の中でサラリーマンの方に「くせぇな!あっちいけ!」と罵られ、電車の中で、世の中では帰宅ラッシュと言われる午後7時ごろだったと思います。

 

そんな状況で罵られた私は、逃げたい・・・逃げたい・・・でも満員電車の中ではどこにも逃げられない状況で、家の最寄り駅からは程遠い駅に逃げるように電車を降りました。

 

ワキガで罵声を浴びせられて、家から出られなくなる

電車でワキガの事で罵声を浴びせられたのは、想定外でした。

 

私もワキガである以上、どこかで友達なり、身近な方たちに気づかれると思っていたからです。

 

ですが、電車で罵声を浴びせられるまでは、友達や身近な人にも気づかれていなかった雰囲気のまま生活をしていた私は、電車で偶然にあった他人から言われたことが、そうとうショックでした。

 

それから、次の日から家に出れなくなる、身体が言う事を聞かなく状態になりました。

 

当時は、うつ病という言葉を知らなかったのですが、うつ病だったのかもしれません。

 

引きこもり1年半は短かった。

家から出れなくなる事が一年半続きました。

 

引きこもりですね。

 

引きこもりの初めは、親や先生から心配され、いろんな話をされましたが、話をしていると顔色が悪くなり、ひどい時は嘔吐する場合もありました。

 

そんな状況を見た、親や先生は、事は深刻だと感じたみたいで、私を病院に連れていく事にしました。

 

3回くらい病院に通うと(病院に3回通うまでに4カ月かかりました)医師からある言葉を言われました。

 

「対人恐怖症なのかもしれない」

 

 

私自身はそんなつもりはなかったのですが、身体が拒絶反応を示していたみたいでした。

対人恐怖症と言われてから心の中で葛藤が始まった

私自身、対人恐怖症という言葉を知ったのは病院でした。

 

それを言われてから、今まで引きこもっていた事や、周りに迷惑をかけていた事などを考えるようになり、「対人恐怖症」を克服しよう。と考えるようになりました。

 

そして、克服する事を考えた時に、自分のワキガがキーポイントだとすぐに思いつきました。。

 

ワキガを克服しないと、対人恐怖症は治らないとわかりました。

 

ですが、自分のワキガは生まれつきのものだという事も知っています。

 

 

その大きな見えない壁が怖くて仕方ありませんでいた。

 

 

不幸で私の何かが吹っ飛んだ。

私は一年半も家から一歩も出ずに引きこもりを経験しました。

 

そして、その間の出来事は何一つ、印象に残った思い出もありません。

 

何も考えず、何の希望も持たず、ただ食べて、寝る。

 

 

なにか人間ではない亡霊のような感覚でした。

 

 

そして、そんな私にさらなる不幸がやってきました。

 

父の死です。

 

私の事を愛し、受け止めてくれる唯一の存在でした。

 

私は更に絶望感に打ちひしがれ、食べて寝るの繰り返しの生活から食べる事さえしなくなりました。

 

三日三晩、水だけしか口に入れず、ひたすら寝込んでいました。

 

「この先、生きていけるのかな?」

 

「私も楽になりたい・・・」と決して口にしてはいけないフレーズまで頭に浮かんできました。

 

父の葬儀が一段落し、母が父の大好きだったホットドックを作ってくれました。

 

お腹が空いていた私は無意識でホットドックにかぶりついていたみたいです。

 

そして、ホットドックを食べ終えた私は涙を流していました。

 

 

そして、ココロの中でもう昔の自分には戻りたくないと感じました。

 

 

私はワキガだけど、楽しい人生を歩みたい。

 

そう思うようになりました。

 

 

そんなことを考えると、ワキガという大きな存在が、小さな存在に変化した感覚を憶えました。

 

 

ワキガに対する考え方を大きく変える事ができたなら、その先の未来は明るくなるはずです。

 

考え方を変える事は決して容易な事ではないし、考え方を変える方法や答えも人によって違うと思います。

 

それでも、自分の体を受け入れ前を向いて歩いていく